体育館の沿革
昭和40年頃、スポーツをはじめ音楽会や文化的な催物の規模が年々大きくなり、多様化していた時代、「京都市内に1万人程度収容でき、しかも多目的に使える屋根のある施設を」という声から、昭和46年10月10日、元京都府立医科大学花園分院跡地に京都府立体育館がオープンしました。
複合施設としての機能を発揮する上で、運営面では大変な苦労を伴ったようですが、「明るさ・機能性・使い易さ」の3本柱に、各所にニューアイデアが生かされる体育館となり、そのノウハウは市町の体育館運営にも生かされてきました。
また当時、高齢者や障害者など運動する機会が少なかった方々を対象とした機会提供型の自主事業をはじめ、館登録スポーツクラブ制度などの多くのスポーツ振興施策は、全国から注目されました。
平成19年「公民チャレンジ提案」の結果、府直営の提案が採用され、現在に至っています。
また、平成24年10月から平成25年5月まで大規模なリニューアル工事を実施し、平成25年6月1日リニューアルオープンしました。
さらに、平成25年11月、京都府ネーミングライツパートナーシップ制度により、愛称「島津アリーナ京都」となりました。